mainichiamatouのブログ

超長かったり、超短かったり。

BTS 花様年華 The Notes 0『Love Yourself 承 'Her'』より 日本語訳

 

ソクジン

2022年9月15日

 自分でも知らないうちに急停車したのは、ぎゅっと詰まっていた交差点を抜け出て速度が付き始めた頃だった。後ろの車が神経質にクラクションを鳴らして通りすぎて行って、誰かが悪口を吐き捨てたようだったけど、都市の騒音の中ではよく聞こえなかった。右側の通りの向こうに小さい花屋が見えた。そこを見て急停車下したわけじゃなかった。むしろ急停車をした後、そこを発見したような気がした。

 内部工事中の花屋の片側で書類を整理している主人が近づいてくるまでは、大した期待はしてなかった。もう何か所もの花屋にやって来たけど、フラワーリストさえその花の正体がわからなかった。似たような色の花を見せてくれるだけだった。だけど僕は似ている花を探しているわけじゃなかった。花だけは本物じゃなきゃダメだったんだ。主人は花の名前を聞くと、僕をしばらく見つめた。すると、まだ花屋が正式にオープンしたわけではないが、配達はしてもらえると聞いた。「どうして必ずその花が必要なんですか?」

 ハンドルを回してまた道路へ進入しながら考えた。その花がどうしても必要な理由。一つしかなかった。幸せにしてやりたいから。笑わせてやりたいから。いい姿を見せてやりたいから。いい人になりたいから。

 

2019年3月2日

 父について入っていった校長室には、湿っぽいにおいがした。アメリカから帰ってきて十日、学制が異なる学年のもとに入学するという話を聞いたのは昨日だった。「どうぞよろしくお願いいたしいます。」父が肩に手を載せて、僕も知らずに体がぎくっとした。「学校は危ないところです。統制が必要でしょう。」校長は僕をまっすぐ見つめた。校長が話す度、皴のある頬と口周りの肉が震えて、真っ黒な唇の中は全部赤黒かった。「ソクジン君はそう思わないかね。」突然の質問に口ごもると、父が僕の肩に置いていた手で力を込めてきた。首の筋肉がピリッとする程の握力だった。「ちゃんとやってくれると信じていますよ。」校長は執拗に視線を合わせてきて、父は手に力を徐々に強めた。肩甲骨が砕けそうな苦痛に僕はこぶしをグッと握った。体がブルブルと震えて、冷や汗をかいた。「必ず私に話してくれなければいけません。ソクジン君は良い生徒にならなくてはね。」校長は笑みの無い顔で僕を見つめた。「はい。」どうにか返事を絞り出すと、苦痛は一瞬消え去った。父と校長が笑っている声が聞こえた。頭を上げることができなかった。父の茶色の靴と校長の黒い靴が見下ろせた。光がどこから入ってきているのかはわからなかったけど、きらめいた。そのきらめきが怖かった。

 

 

ユンギ

2022年6月8日

 Tシャツをまた脱いだ。鏡の中の自分はまるっきり俺じゃないみたいだった。「DREAM」と書いてあるTシャツはすべての面で俺の好みじゃなかった。赤色も、夢という単語も、タイトにくっつくのも、全部気に入らなかった。ムカついて煙草を取り出して、ライターを探した。ジーパンのポケットにないからとカバンをあさって気づいた。持って行ってしまったんだ。何の遠慮も無く俺の手から煙草を奪って半分にへし折った。それから投げてきたのがロリポップとこのTシャツだった。

 髪を振り乱してそこから起き上がったけど、メールが届いた音が鳴った。ケータイの画面の名前三文字を見た瞬間急に周囲がパッと明るくなると、心臓がドキッと震えた。メッセージを確認しようと煙草を半分に折った。次の瞬間、鏡の中の自分が笑っていた。「DREAM」と書かれている、赤色の、タイトなTシャツを着て何がいいのか、馬鹿みたいに笑っていた。

 

2022年4月7日

 下手なピアノの音に歩みを止められた。真夜中のガランと空いた工事現場には誰かが焚きつけたドラム缶の中で火だけパチパチと音を出していた。さっき俺が弾いた曲だというのはわかっていても、それが何だと思った。酔った足どりがふらふらした。目をつむってわざともっとでたらめに歩いた。火が放つ熱気が強まりながら、ピアノの音も、夜の空気も、酔いも薄れていった。

 急な警笛の音に目を開けると、自動車がぞくぞくとすれ違って行った。ヘッドライトの眩しさと自動車がもたらした風、酔いの混乱の中で俺はなすすべもなくよろめいた。運転手が悪態をついているのが聞こえた。歩みを止めてひとしきりに非難でもしてやろうとしたら、ふいにピアノの音が聞こえていないことに気づいた。炎が赤々と燃える音、風の音、車が残していった雑音の中で、ピアノの音は明らかに聞こえなかった。止まったようだった。なんで止んだ?誰がピアノを弾いていたんだ?

 パチンという音と一緒にドラム缶の火の粉が暗闇の方へ跳ね上がった。その様子をしばらくぼんやりと眺めた。熱気で顔が火照った。ドンっと拳でピアノの鍵盤を叩く音が聞こえてきたのはまさにその時だった。反射的に後ろを振り返った。瞬時に血が荒々しく飛び散って呼吸が不規則になった。小さい頃の悪夢。そこで聞いた音みたいだった。

 次の瞬間俺は走っていた。俺の意思じゃなくて、俺の体が自ら後ろを向いて、楽器屋の方へ駆け出した。なぜか数えきれないくらい繰り返してきたような気分だった。何かはわからないけど、切実なことを忘れている気がした。

 ガラス窓が割れた楽器店。ピアノの前に誰かが座っていた。何年か経ったけど、一目でわかった。泣いていた。拳をぎゅっと握った。誰かの人生に関与したくなかった。誰かの悲しみを慰めることもしたくなかった。誰かにとって意味のある人間になりたくはなかった。その人を守れるという自信を持てなかった。最後までそばにいれる自信がなかった。傷つけたくなかった。傷つきたくなかった。

 俺はゆっくりと足を進めた。遠回りするつもりじゃなかったけど、自分でも知らないうちに近づいて行った。そして間違えた音を指摘してやった。ジョングクが振り返って見上げた。「ヒョン。」高校を投げ出した後、初めて会ったのだった。

 

 

ナムジュン

2022年6月30日

  僕の手が自らの意思を持ったように開ボタンを押す姿を僕は多少怪訝な気持ちで見つめた。こんな瞬間があった。間違いなく初めてなのに、数えきれないほど繰り返してきたことのような気分になる瞬間。閉まる直前だったエレベーターの扉がまた開くと同時に人々が押し入ってきた。その中の黄色いゴムで髪を縛った人が目についた。その人がいるとわかっていて開ボタンを押したわけではないけど、その人がいることが当たり前な気がした。一歩一歩後ろへ下がった。冷えたエレベーターの壁が背中に触れて頭を上げると黄色いゴムが目に入ってきた。

 後姿は多くのことを語る。僕はそのうちのいくつかを聞き分けるだけだ。あることはかすかに推測だけできるし、あることは最後まで理解できないまま残される。ふいに、後ろ姿からすべてを読めるようになって初めてその人を知っていると言えるんじゃないかと思った。それなら僕の後ろ姿から僕の全てを読み上げることができる人もいるんじゃないか。頭を持ちあげると鏡の中で視線がぶつかった。瞬間的に目を逸らした。こんなことがしょっちゅうあった。もう一度頭を上げた時、鏡の中には僕の顔だけが見えた。僕の後ろ姿は見えなかった。

 

2020年5月15日

 行くところがなかった僕たちのアジトになっていた倉庫教室を突っ切って歩きながら、僕は椅子何個かを一直線に並べた。ついでに残った机を起こして埃も手のひらでサッサッと拭った。最後というものは人を感傷的にする。今日は学校に来る最後の日だ。引っ越しが決定したのは二週間前のことだった。もしかしたら戻ってこれないかもしれない。ヒョンたちや弟たちにもう二度と会えないかもしれない。

 紙を半分に折って机の上に置いて鉛筆を持ったけど、どんな言葉を残すべきなのかわからずにただ時間だけが流れた。つまらない言葉を殴り書きしているうちに鉛筆の芯がポキッという音と共に折れた。「生き残らなきゃいけない。」黒鉛が砕けて破片のような跡が残った紙の上に、自分でも知らずに落書きが書いてあった。真っ黒な黒鉛の粉と落書きの間に貧しさ、両親、弟たち、引っ越しといったような、じめじめした話が散らばっていた。

 紙をしわくちゃにしてポケットへ入れ、席から立った。机を押し出すと埃がたった。そのまま出て行こうとして、汚らしい窓に息を吹きかけて三文字残した。どんな挨拶も十分じゃないし、何も言わなくても伝わるんだろう。また会おう。約束というよりかは、願いだった。

 

 

ホソク

2022年5月31日

 突然の息が詰まる風に、反射的に目を逸らした。しばらくの間踊りを踊って終えた後、呼吸がついたけど、そんな脈略じゃなかった。母さんに似ている気がした。いや、それは考えや認知という形じゃなくて、説明できたり描写できるようなことでもなかった。もう十年以上知ってきた友人の顔をまっすぐに見ることができなかった。一緒に踊りを習って、一緒に失敗して挫折して頑張った。汗だくになって床に横たわりもしたし、タオルを投げてふざけたりした。その間一度も感じられなかった、ある感覚が触れたような気分に僕はあたふたしてその場を離れた。角を曲がると壁に背中を合わせて立った。落ち着かない呼吸を整えようと努力したけど、「どこ行くんだよ、ホソガ。」という声が聞こえた。声。もしかしたら声じゃないかもしれないと思った。「ホソガ。」と呼んでいる声。もうちゃんと考えられもしない、僕の年を七歳の頃に遡らせる声。

 

2021年2月25日

 鏡の中の自分の姿から目を離さないまま踊りを踊った。そこの僕は足が地に着いていなくても、跳ね上がってこの世の全ての視線と物差しまで自由だった。音楽に合わせて体を動かすこと。心を体にのせること以外は重要じゃなかった。

 初めて踊りを踊ったのは12歳の頃だった。多分修練会の特技自慢の時間だったと思う。学校の友達に引っ張られて舞台に立った。その日の出来事で今でも記憶に残っているのは拍手と歓呼、それから初めて自分自身になったような気持ちだ。もちろん、その時はただ音楽に合わせて、体を動かしながら楽しいと思っていたくらいだった。それが喜悦で、その喜悦が拍手からではなく、自分の内部から来ているという事実に気づいたのは、しばらく後のことだった。 

 鏡の外の自分は沢山のことに縛りついていた。足が地面から離れては数秒も耐えることができなくて、嫌でも笑って悲しくても笑っていた。必要もない薬を飲みながらも、ところかまわず倒れた。だから僕は踊りを踊っている時には、鏡の中の自分から目を離すまいとした。心から自分自身になれる瞬間。全ての重たいものを捨てて飛び上がれる瞬間。幸せになれるということを信じていられる瞬間。その瞬間を僕は見守った。

 

 

ジミン

2022年7月3日

 結局床に寝っ転がった。音楽を切ると周囲は一気に静かになって、自分の息遣いと心臓が鳴る音以外には何も聞こえなかった。ケータイを取り出して昼に習った振り付けの映像を再生した。映像の中でヒョンの動きは柔らかくて正確だった。それが数多くの時間と汗、練習の結果であるいうこと。もういくばくもない自分には、欲だということはわかっていた。だけど理解と願いというのは異なるもので、僕はずっとため息をついていた。再びすっくと起き上がった。ターンはそれでも真似はしてるのに、ステップがしきりに絡まった。場所を移動しながら導線を合わせるパートでずっと失敗した。明日合わせで踊るのに、それまでにはどうにかして上手くやってみせたい。なかなかだけど、という冗談みたいな称賛の代わりに、ヒョンと息を合わせた時のような真剣で対等なパートナーとして認められたかった。

 

2020年9月28日

 入院してから何日目なのか、数えるのはもう止めた。そういうことは出たいときや、出れる希望がある時にするものだ。窓の外の遠くに見える木と灯りたち、人々の服装から見るとまだ時間が多く過ぎたようではなかった。せいぜい一か月余り。時々制服を着た姿が見えることもあるけど、いまはもうそれもあまり特別に感じたりはしなかった。薬のせいか、すべてのことが退屈でかすんでいるだけだった。でも今日は特別なではあった。日記を書くなら、必ず書き記さなければならない日。だけど僕は日記を書くこともせず、そんなことを書き記して問題を起こしたくもなかった。今日僕は初めて嘘をついた。医者の目を見つめながら、憂鬱気に言った。「何も思い出せません。」

 

 

テヒョン

2022年6月25日

 わざと歩みを遅らせながら、僕の後をつけている小さい気配に耳を澄ませた。コンビニでぶつかったのは今日で三回目だった。違うことがあるなら、今日は僕を見るなり飛び出して行ってしまった。それからコンビニの裏側の小さな空き地をうろついていて、僕が現れるとまた身を隠した。自分なりには隠れてるようだったけど、影が空き地の前で長く伸びていた。クスッと笑いが出た。見てないふりをして歩いていくと僕についてき始めた。

 狭い路地に差しかかった。この近所で街灯が消えていない所はここが唯一だった。路地は長くて、街灯は中間あたりに位置していた。光源が前にある時、影は後ろにできる。だから今僕の影は僕の後ろに長く垂れ下がっているってことだ。もしかしたら息を殺してついてきた気配の足先まで達してるかもしれない。すぐに街灯のすぐ下に着いて、影は僕の足元に隠れた。僕はもう少し速度を出して歩き始めた。街灯が背の後ろに押されて影はもう僕を追い越し始めた。すると、いくらもしない内に僕のじゃない影が一つ埃が飛んでいるセメント道路に現れた。歩みを止めると気配も立ち止まった。お互いに背が違う影が二つ、並んで立ち止まった。

 僕は言った。「ここまで来るまで待つよ。」影はハッと飛び上がるくらい驚いた。それからまるで自分がそこにいないかのように息を殺した。「全部見えてるんだけど。」僕は指で影を指した。すぐにわざとづけづけと歩いている足音が近づき始めた。笑みがこぼれた。

 

2010年12月29日

 そのまま靴を脱いで、カバンを放り投げて奥の部屋へ入って行った。本当に父さんがいた。いつぶりなのか、どこに行っていたのかということは考えもしなかった。無鉄砲に父さんの胸に飛び込んだ。それからの出来事は、よく思い出せないんだ。酒の匂いが先だったか、悪態が先だったか、頬をぶたれたのが先だったのか。目が血走って、髭が粗く伸びていた。でかい手で、頬を殴った。何を見てんだよとまた頬を殴った。それから僕を空中へ掴み投げた。真っ赤な目が怖かったけど、あまりの恐怖に泣くこともできなかった。父さんじゃなかった。いや、父さんだった。でも違ったんだ。両足が宙から揺れた。次の瞬間壁に頭を強く打った後、床に倒れ込んだ。頭が破裂しそうだった。視野が揺らめいて、すぐ真っ暗になった。ハァハァとしている父の息遣いだけが、頭の中にいっぱいだった。

 

 

ジョングク

2022年7月16日

 窓辺に立ってイヤフォンを挿したまま、少しずつ歌に合わせて歌った。もう一週間目。今は歌詞を見なくても、合わせて歌うことができる。片方のイヤフォンを外して、自分の声を聴き入れて練習した。歌詞が綺麗で好きだと思っていたけど、まさにその歌詞が照れくさくて僕は頭を掻いた。大きな窓に7月の日差しがいっぱい差し込んだ。風が吹いているのか、緑色の木の葉たちが少しずつ揺れ動きながらきらめいて、その度に僕の顔に落ちる日差しの感触も変わった。目を閉じた。感覚は目の内側に広がっていく黄色くて、赤くて、青い色彩を見ながら、歌った。歌詞のせいか、日差しのせいか、心の内側で何かが膨れ上がっていきながら、くすぐったくて、ひりひりとした。

 

2020年6月25日

 ピアノの鍵盤を手で撫でるなり、埃が付いた。指先に力を入れると、ヒョンが弾いたものとは違う音がした。ヒョンが学校に来なくなってから十日が過ぎた。今日は退学にされたという噂が入った。2週間前のあの日。先生がアジトの教室の扉を開けて入ってきた時、そこには僕とヒョンしかいなかった。父兄参観の日だった。教室にいるのが嫌であてもなくアジトへ向かった。ヒョンは振り返りもせずずっとピアノを弾いて、僕は机二つを合わせ置いて、横になって寝たふりをして目を閉じた。ヒョンとピアノは一見異質的のようだけど、切り離して考えられないほど一つでもあった。ヒョンのピアノを聞くと何故か泣きたくなった。

 涙が流れそうで寝返りをうったのに、扉が壊れるように開くとピアノの音がぷつりと途切れた。僕は頬を叩かれて後ずさりをしたけど結局転んでしまった。うずくまったまま暴言に耐えているうち、急に声が止んだ。顔を上げると、ヒョンが先生の肩を押しのけて僕の前に立ちふさがっていた。ヒョンの肩越しで先生のあきれたような表情が見えた。

 ピアノの鍵盤を押してみた。ヒョンが弾いていた曲を真似た。ヒョンは本当に退学にされてしまったのか。二度と戻ってこないんだろうか。数回殴られて数回蹴られる程度は、ヒョンにはよくあることだと言った。もし僕がいなかったなら、ヒョンは先生に突っかかったりしなかったんじゃないのか。もし僕がいなかったなら、ヒョンは今でもここでピアノを弾いているだろうか。