mainichiamatouのブログ

超長かったり、超短かったり。

BTS 花様年華 The Notes 2『Map of the Soul Persona』より 和訳

 

ソクジン

2022年6月4日

 父の書斎へ入ると、目につく絵がひとつある。茫々とし、跳ね上がる大波の上に危うげな筏(いかだ)。飲むものも食べるものも無く、羅針盤も希望も無く捨てられた人々。渇きと空腹、恐れ、恐怖と欲望に、鳥の血を吸い、鳥を殺し、そうすることで自身も殺していく人々。

 この頃、僕はこの絵が怖くて書斎には入れなかった。父はどうしてこんな惨い絵を掛けておくのか考えたこともあった。しかし時が経つにつれ次第に絵を書斎の一部と認識するようになり、恐ろしさの対象にも悩みのにも対象もならなくなった。

 代わりに違う恐れが生まれた。それは父の書斎の奥にできた扉の向こうの部屋だった。扉や部屋の間取りはとくに違わなかった。錠前やドアロックで閉まっているわけでもなく、その向こうも書斎の延長に過ぎなかった。あえて特別な点を探せば、本がとても多いことくらいで、父が高校生の頃から収集した資料と本が本棚に沢山並んでいた。その部屋は「奥の部屋」と呼ばれた。

 奥の部屋は父が一人で考えを整理したり何かを構想する場所で、父以外は誰も立ち入らなかった。僕はたった一度だけ奥の部屋へ入ったことがあるが、幼くてもわかった。そこは単に本を置いておく書斎ではなかったのだ。特に順序もなく並んでいる本たち、 無造作に置いてある箱と書類は、一見してただ人間的だった。紙特有の温もりは感じられず、絵や写真のようなすらも何の気持ちもこもっていなかった。その部屋の真ん中にある本棚を見上げるだけでも、僕は体中が砕けるような怯み(ひるみ)を感じた。

 その部屋に入ったことを叱られた記憶は残っていないが、(もしかしたらそんなことがあったのかもしれない)、いつからか僕はその部屋へ入っていない。1、2回扉の前まで行ってみたことはある。しかし、ちょっと見上げて足を動かしただけで、取っ手を回すことは考えることもできなかった。

 

2022年5月30日

 与えられたヒントはひとつだけだった。魂の地図、それが何なのか、それで何をしなければいけないのか、見当すらつかない不慣れな語句。にもかかわらず、なんでも始まる地点が必要で、「魂の地図」がそこになるのだろうと期待した。しかし違ったのだ。数えきれないループを巡ってみて魂の地図を探索したが、何も得られなかった。振り返ってみれば、この全てのことが始まる時もそうだったのだ。全ての失敗と過ちを正して、みんなを救えると信じるか?この質問に首を縦に振る時、僕はどんなことを経験することになるのか、少しもわかっていなかった。

 本がぎっしり詰まっている、埃をかぶった本たちを後にして古本屋を出た。階段を昇って路地に出ると、桜の花が散っていた。ふと、ここに来たことがあるような気がして後ろを振り返った。地下に位置する書店の入り口は薄暗く、看板すらもよく見えなかった。違うのか。ほかの書店と混同しているのかもしれない。魂の地図へのヒントを探すために数多くの古本屋と図書館に通った。インターネットの書誌資料とキーワードを全てひっくりかしたことは言うまでもない。そんな中、もしかしたらこの書店にも立ち寄ったかもしれない。それともただ似ている書店ということもあり得る。

 路地の入口に停めた自動車に向かった。エンジンをかけて、ハンドルに手をかけたが、もうどこに行けばいいのかわからなかった。

 

 

ユンギ

2022年5月2日

 長く残る傷痕だという、時間をかけてゆっくり回復していこうと、それでも範囲が広くなく、治療さえ着実に受ければ今よりはずっと良くなるだろうといった。入院三日目、医者がガーゼを外すと火傷の跡が姿を現した。赤いどころか黒く変わった左腕の肌。自分の体なのに、自分の体じゃないみたいだった。馴染みがなかった。ライターを落とした瞬間は、これ以上のものを受け入れる準備ができていた。ところがわずかこの程度の傷跡をもってして、矛盾しているように感じた。

 少し痛みますよ。ドレッシングを始めると傷から血が吹き出した。白いガーゼを濡らす血はまるで火のようだった。あの日、俺を飲み込むようにうねり揺れていた真っ赤な炎。我慢しようとしたが、うめき声が自然と出た。医者は血が出るのは良いサインだと言った。死んだ肉の下の新しい肉があるという証拠だと。痛みの中でもから笑いが出た。新しいものはどうして死のあとに可能なのか。万が一あの時死んだらどうなっていんだろう。もしかしたら、それが全てのことを新しくに始める唯一の方法だったんだろうか。

 腕をを下ろしてみた。閉じたガーゼの上に血が滲み出た。俺はその血痕を火だと言い、医者は再生だと言った。誰の言葉が正しいのだろう。

 

2022年6月23日

 チャットルームの通知が来ているのを見つけてケータイを開いた。 いつの間にか窓の外が暗くなっていた。今までに書きなぐってきた音楽を全て集める作業は簡単じゃなかった。無作為に燃えてしまう過程から生き残ったものと、記憶の中の旋律たちを集めて分類した。その中で一番多いものは、驚くことに高校の時倉庫の教室で作ったものたちだった。振り返ってみても、その頃俺が楽曲作業を沢山していたということじゃないようだ。その時の俺は、いやいつの頃の俺であれど、俺はいつも音楽から逃げていた。

 チャットルームを開けるともうかなり多くの会話が進んでいた。チャットルームを作ったのは意外にもジミンだったが、俺を招待する前にも会話があったらしく話はふと始まった。テヒョンがみんなに聞いた。魂の地図って何か知ってますか?ホソクが応答したのはしばらく後だった。なにそれ?テヒョンが答えた。ヒョン、それを俺が聞いたんですよ?確かにその通りだ。でもそれを何で?そんな会話がしばらくあって、ジミンが一部始終を説明した。病院に行ってジンヒョンに偶然会ったが、魂の地図を探しているらしいとのことだった。

 ナムジュンが登場したのはしばらく後だった。前に俺もジンヒョンに魂の地図が何か知ってるか聞かれたことがあったんだけど、その時ヒョンがこう言ったんだよ。魂の地図が、この全てのことを終わらせる方法だって。そうしてしばらく会話は続かなかった。多分みんな考えこんでいるということだろう。ジンヒョンが「終わらせなければいけない」こととは何なのか。ヒョンがおかしくなっていることはみんなが考えていることだった。それなら魂の地図というものやらを探せば、ヒョンはよくなるのか。それは一体何で、どこで探すことができるんだろう。

 しばらくして続いた会話はこういうものだった。このチャットルームにジョングギは呼ばなかったの?ジミンが答えた。僕が考えてみたんですけど、ジョングギはまだ苦しんでるじゃないですか。ジミンは自信なさげに言葉を濁した。ふいにジミンがどうして病院に行ったのかという考えが浮かんだ。長い間閉じ込められていた病院を探しに行くのはどんな気持ちだろう。俺は閉じていたチャットルームをまた開き、こう書いた。そうか。良かったな。ジョングクはもう少し休ませよう。

 

 

ナムジュン

2022年6月15日

 急いでラーメンを食べる子供を見下ろした。8才、いや10歳ちょっとになったかな。冷めてもない麺を詰め込んでいる最中にも、時々首をすくめて僕の目を見た。名前を聞くと、ウチャンです、ソン・ウチャン。と答えた。その時、僕はシワがはっきりとしたTシャツにラーメンの汁が飛んで、指でこすろうとしたらおばあちゃんに怒られたとつぶやいた。

  ウチャンはを初めて見たのは2か月ほど前だった。ガソリンスタンドに帰ってきたけど、後ろ側のコンテナの前にウチャンが立っていた。その時はソンジュ駅から外に出る近道を探してここに差し掛かったのだろうと考えた。コンテナ村は幼い子供が住むようなところじゃない。ところが2週間ほど過ぎたあと、コンテナの前の空き地に古臭いサッカーボールを一人で蹴っている姿を見て、それ以降にも何度もウチャンと出会った。いつも夜遅くまでうろついて、同じTシャツと同じズボン、同じ運動靴を履いていた。こっそりと見ても、見守っている大人がいないのは明らかだった。だからと言って僕がしてあげられることはなかった。僕は自分の体一つ世話するだけで精一杯だった。僕はいつもウチャンを知らないふりして過ごした。

 今日、ガソリンスタンドの仕事を終わらせてコンテナ村へ帰ってきた時は夜11時を少し過ぎていた。鍵を探して袋をかき回したけど、ある程度離れたところに縮まって座っている影が目に入ってきた。ウチャンだった。いつもそうしていたように、気にしなければそれまでだった。でもその日はそうすることができなかった。そうしたくなかったんだ。

 空を見上げた。一日中天気は曇っていた。夜空にも灰色の雲が立ち込めていた。星の光みたいなものはひとつも見えなかった。ふいにお腹がすいた。僕の記憶が正しいなら、コンテナにはラーメンが一つしか残ってなかった。買い置きも無いし、これから揃える余力もなかった。それが僕の境遇だった。袋から取り出した鍵を見下ろした。田舎町を離れれば、見回った風景を思い出させた。バスの車窓に殴り書きした文句のことを考えた。

 僕はウチャンの方に向かって歩いて行った。

 

2022年6月12日

 田舎町は少しも変わらない姿でそこにあった。季節の変化を除いて、すべてのものが同じだった。僕は河岸の店の方を避けようとわざと町を大きく回って休憩所の町の方へ向かった。道は大体上り坂だった。日差しが暑くて汗が出た。スクーターが一台埃をたてて僕たちを越した。テヒョンが軽い咳をして何度かつぶやいた。少し先に、事故が起きた曲道が目に入ってきた。

 今はもう何の標識も残っていない道路わき。テヒョンはまるでそこに誰かが倒れているかのように膝を急いでかがめて座り、アスファルトの地面を見下ろした。この場所に向かうバスの中で、僕はテヒョンに何年か前の冬の日について話した。河岸の食堂での競争、どんよりした空からぽつぽつと落ちてきた雪片、傷ができていたテヒョンの顔、スクーターが滑りながら、体中鳥肌が立つような瞬間。テヒョンの事故と死。それからその出来事がどれだけ簡単に終わって忘れられてしまったのか。言えなかった話もあった。頼みがあると言ったテヒョンの表情と、ここ田舎町に住んでいたすべての瞬間、僕がそいつの名前をテヒョンだと思いだしたという事実。

 ヒョン。僕たち死ぬのはやめよう。振り返るとテヒョンが手のひらをアスファルトの地面に添えたまま僕を見上げていた。僕は何か答えようと言葉を探したけど、一言だって思いつかなかった。テヒョンの手のひらの下で、白線の底に横になっていたテヒョン、いや、田舎町のそいつの姿が見えるようだった。そんなふうに死んでいい人間はこの世にいない。一人の人間が死んだのに誰も責任を取らなかったし、心からの追悼もしなかった。僕もやっぱり同類だった。

 降りよう。僕の言葉にテヒョンが体を起こした。どこに行くんですか?テヒョンの質問へ答える代わりに、僕はこう言った。どのくらいか前に海に行った時、僕が頼みがあるって言っただろ?その話をするよ。それがなんだって、一緒に解決してやろう。

 

 

ホソク

2022年5月28日

 その海から帰った後、僕たちは連絡をあまりしなかった。特別な理由はなかった。ジンヒョンとテヒョンが口喧嘩をしたようで、帰り道でジョングクが他の道を行ってしまっけど、それが疎遠になった理由じゃなかった。それならば何が問題だったんだろう。だからといって僕が先に連絡をしようともしなかった。特別な理由があるわけじゃない。もしかしたらそれが理由なのかもしれないと思う。

 その日を振り返ってみれば、いつも急に吹いてきた砂風が思い浮かんだ。ジンヒョンが展望台に上って、テヒョンが後について行ったあと、僕たちはみんな手の甲で日差しを隠して展望台へ上ってみた。いつだかこんなことがあったような既視感のもと、変な不安が生まれた。ヒョン。僕たちが以前行った海のことなんですけど。願いを叶えてくれるという岩があった場所。そこがここと同じじゃないですか?ジミンの言葉に少し周囲を見回した。そして次の瞬間のようだった。テヒョンとジンヒョンが展望台の下で落ちそうにふらついていると思ったら、砂風が吹き始めた。両腕で顔を覆い隠して、目をすぐにつむった。展望台の上で何が起こっているのか怖気づいて焦燥感が沸いたけど、吹きつける砂風の中目を開ける勇気は出てこなかった。

 風が落ち着いて顔を上げると、ジンヒョンが展望台から降りてくるのが目に入ってきた。展望台の上のテヒョンが首を垂らしたままのその姿を見ていた。展望台を降りきったジンヒョンはそのまま自動車を出発させた。僕は一歩そっち側に向かって踏み出したけど、それ以上何もできなかった。

 その日の夜、僕たちもソンジュに帰ってきた。ジンヒョンが最初に帰ってしまって、僕達には夜を越す宿も、家へ帰る車便も無かった。帰ろうと先に行ったのはナムジュンだった。みんな失望した眼差しだったけど、無理やり歩みを進めた。僕たちはみんなナムジュンがどうにか計画通りに海の旅を続けようと話をしてくれるように願っていたのかもしれない。だけどナムジュンは家に帰ろうと言って、そうして僕たちの旅は終わったんだ。浮かれた気持ちで待っていた海の旅は、台無しになった。

 

2022年2月25日

 19回目の誕生日が過ぎながら、僕の世界はもう一度完全に変わった。これ以上保護児童ではなくなったし、孤児院で過ごすこともできなかった。保護終了児童へ支給されるわずかな自立金と、アルバイトをしながら集めたお金で家を探した。ツースターバーガー付近は考えもしなかった。ソンジュ駅の方に足を運んでみたけど、あまり大きな違いはなかった。結局坂道を登っていくしかなかった。突き当りの道の、一番奥側の屋上部屋だった。

 がたつくトランクを引いて、鉄製の階段を登った。12年過ごした孤児院を去るわけだったが、荷物はそう多くなかった。衣類と運動靴何足かを整理して、再利用センターで購入した小さな家具たちを配置したら終わりだった。

 それでも引っ越しは引っ越しなのか、腰を落ち着けたときにはもう夜だった。2月の天気でも背中に汗をかいていた。鉄製の扉を開けると、ぎいっという音と秋の終わりに吹く冷たい風が押し寄せてきた。外に出て手すりにもたれかかった。視線の先にソンジュを見下ろした。目分量で孤児院を探してみた。川に沿って左に行く途中で見えるクローバー模様の看板の左側。ネオンサインと灯りの中で、孤児院はよく見えなかった。

 僕は首をすくめて屋上部屋を眺めた。せいぜい一間の小さな部屋だ。夏は蒸し器のように熱くて、冬は扉の隙間から冷たい風が吹き込む戸締りが悪くてみすぼらしい部屋。だけど僕にとっては世界で唯一の場所だった。僕が僕らしくいられるところ。思いっきり笑えて、泣ける場所。頑張るぞ。僕は屋上部屋に向かって声を張り上げた。この街の一番のてっぺんで夜空と一番近く接したこの場所が、今日から僕の家だった。

 

 

ジミン

2022年7月24日

 コンテナ村に辿り着いたのは約束の時間の少し前だった。ジョングクの退院を祝う場だったけど、それだけじゃなかったん。ジンヒョンに言いたい話があったんだ。ヒョンにとって大事な話だと思ったけど、同時にヒョンが好きじゃなさそうな気がした。僕はコンテナに入っていく代わりに鉄道沿ってもう少し歩いた。列車が一台通っていったら風が激しく吹いた。プラットフォームが人々で溢れた後、またがらんと空っぽになった。その間に約束していた時間が過ぎてしまった。向き直って息を深く吸い込んだ。

 コンテナには誰もいなかった。夏の日差しに焼けるような熱い空気だけが、待っていたかのように押し出してくるばかりだった。約束の時間より10分遅れた僕が一番最初に到着した人間だった。他のみんなはどうしているんだろうか。急に何か事情ができたのか。来ることには来るのかな。扇風機を点けてコンテナの中を見回した。久しぶりにやって来たナムジュニヒョンのコンテナは、パーティっていう雰囲気は無くひっそりとして静かだった。机の引き出しから紙を探してボールペンで「ジ ョ ン グ ガ 退 院 お め で と う」と一文字一文字大きく書いてコンテナの壁に貼った。それだけじゃわびしい気分が収まらなかったけど、何もしないよりはマシだった。

 チャットルームを通してみんなが向かってきてることを確認しようとした間に18分がまた過ぎた。開けておいたドアの外で列車が過ぎ去るとコンテナに振動が伝った。ガタガタと震える世界を眺めながら、病院の扉を開けて飛び出した時のことを考えた。ヒョン達、テヒョン、ジョングクがいなかったら、僕はあの扉を開けて出てこれてたのかな。扉がそこにあって、その扉が開いているからってみんなが出てこれるわけじゃない。もしかしたらジンヒョンもそうやってどこかに閉じ込められているんじゃないか。扉を叩いてくれる誰かを待っているんじゃないのかな。確かなことは何一つ無かった。だけど僕たちが手探りで見つけ出した欠片(かけら)たちが、些細なヒントにでもなったなら。そこまで考えが及んだ時コンテナの扉がガラッと開いた。そしてユンギヒョンが入って来た。

 

2022年5月29日

 机の上に薄い光の筋が落ちた。塾の名前が書かれた窓をとうとう突き抜けて入ってきた光だった。講義室の前には講師がマイクを持って騒いでいたけど、僕の耳にはなかなか入ってこなかった。僕は塾の一番後ろの列の座席で頭をすっかり下げて座り、指の間を通りぬける光の筋をどうにかして掴んでみようと指をバタつかせていた。

 病院から出てきたからといって、何か解決したわけじゃなかった。むしろ原点から数歩後ずさりした気分だった。高校の卒業証も無しにどうするの、*バイパススクールでも通わなきゃダメよ、という母さんの言葉に押されて塾に向かったことだって、そんな理由からだった。返す言葉も無かった。今の僕には、やりたいことも、できることも無かったんだ。

 塾へ向かう内に心臓が締め付けられた。また勉強を始めることも負担だったけど、人々の間にいなきゃいけないことがなによりも怖かった。誰かが僕を調べたらどうしよう。どうして高校を卒業できなかったんだと聞かれでもしたら、なんて答えればいいんだろう。記憶の彼方に押し沈めていた学校での時間たちを恐ろしいほど思い出した。

 

*バイパススクール-大学入学試験を得るために学ぶ人のための教育機関

 

 

テヒョン

2022年4月11日

 黒色のスプレー缶で線を描きだした。痩せた顔、無くなりそうな口元、パサパサに乾いた髪。夢で見た顔が不格好な線で白い壁の上に姿を現し始めた。ついに瞳を描く番だった。僕は手を伸ばしてから止めて、一歩後ろに下がった。

 頭の中で顔は鮮明だった。瞳はやっぱり鳥肌が立つくらいはっきりしてた。なのにどうやって表現したらいいかわからなかったんだ。喜びや悲しみのような感情が全部揮発した、無関心と冷たさだけが残った瞳。それは数多い色であると同時にたった一つの塗りつぶされた色で、何も話さなくて、むしろもっと多くの話をするような目だった。僕は何回かスプレー缶で取り直してみたけど、結局瞳は描きだせなかった。

 ジンヒョンに最後に会ってから二年経った。アメリカから来た話は聞いたけど、それ以外には何も知ってることがなかった。ヒョンが夢に出てきたのも初めてだった。時々、どうしてるかなって考えたことはあった。僕たちの教室にいた日、ヒョンが校長と通話してた瞬間を思い出してみたりもした。ヒョンに対しては良い記憶も、理解できない事もあった。だけどそのどんな瞬間も、夢の中で現れたものみたいに冷たくて乾いた姿じゃなかった。

 壁に描き出した顔をまた見上げた。間違いなくジンヒョンだった。だけど僕が知っていたヒョンでは無かった。なんで急にそんな夢を見たんだろう。その夢は不吉で惨い場面の連続だった。ヒョンの顔はその全ての不幸を感情の無い顔で見つめてた。僕はスプレー缶を握った手を下ろした。夢で感じたその冷やかさがまた首根っこ掴んできた気分だった。遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。

 

 2022年4月30日

 衝撃で少しの間動けなかった。向こうの自動車の中にジンヒョンが座っていた。ヒョンが帰ってきたことはナムジュニヒョンに聞いたけど、直接顔を見たのは初めてだった。ヒョンは携帯で何かを探してる顔をしかめた。それ自体は何も変じゃなかった。顔のどこかの部分が以前とすごく変わったわけでもなかった。僕が衝撃受けた理由を自分でもよく説明できなかった。冷たい。乾いてる。虚しい。そのどの言葉もヒョンの顔を表現することができなかった。春の日だったけど急に寒気が沁みた。僕も知らないうちに体を震わせた。ヒョンは僕がまさに夢で見たその顔をしてた。

 首を横に向けたのは、ジョングクが角を曲がって現れたせいだった。ジョングクは切羽詰まった顔できょろきょろしながら、路地を横切っ走って行ってしまった。その時ジンヒョンがいらだちの混ざった身振りで自動車の扉を開けて出てきた。遠くて正確に聞こえなかったけど、口の形を見るからに、面倒なことになったと呟いたみたいだった。ジンヒョンは少し離れたモーテルの方に近寄って、入り口に何かを落としたジョングクが走っていった方を一度見つめた。

 

 

ジョングク

2022年7月24日

  コンテナの壁面には「ジョングガ退院おめでとう」と書いてあったけどそんな雰囲気じゃなかった。わけのわからない緊張感で狭、いコンテナの中の空気は張り裂けるように膨らんだ。思い返してみれば最近はいつもそんな感じだったかもしれない。

 ジンヒョンが外に出てしまったのはあっという間だった。テヒョンイヒョンが急いでついて行って、他のヒョンたちも視線を交わせて後に続いた。テヒョンイヒョンが何か話しかけたけど、ジンヒョンは聞いてなさそうだった。僕はヒョンたちの後ろでジンヒョンが車に乗るのを見た。

 車が軽く後退して横に方向を変えた。コンテナから流れ出た灯りが車体をもつれさせた。バンパーにできていた事故の痕跡がちょっとだけ見えた。変だったのはそれを見ている気分が何ともないことだった。既に知っていた事を確認したにすぎないとしても、手で触れられる確固たる事実の前に立てば複雑な気分になったり衝撃を受けたりするはずなのに、現実はそうじゃなかった。

 暗闇の中に消えたいったジンヒョンの車の上に、あの日の夜僕に向かって来たヘッドライトの明かりが重なった。体がブンと浮き上がった感覚、唾を飲み込むことも、息をすることも出来なかった瞬間、突然全身が発作的に激しく揺れた時の恐怖。意識が遠のいて感じた耐えられない寒気。死の影。その瞬間見えたバンパーの事故の跡。

 コンテナの中に立ち入った。「ジョングガ退院おめでとう」ジミニヒョンの文字を見上げながら椅子に座った。ふいに事故の時痛めた脚がうずいた。ヒョンたちはなかなか入ってくる気がしなかった。何か僕の知らない話をしていた。

 

2021年5月2日

 夕焼けが濃くなる川べりの日向に沿った。桃色と紫色が入り混じった空に向かって、自転車のペダルを踏んでみれば、重いけど、イルサンから脱出している気分になった。今日も母さんが夕飯の準備をしている音が聞こえるやいなや、自転車を引いて出てきた。誰とも出くわしたくなかった。僕に笑いかけてくれる人は一人もいない場所、そこが僕の家だった。一緒に住んだからって家族だっていうわけじゃなかったんだ。家の外へ出て行っても、変化したことはなかった。ヒョンたちは一人ずつ去って、同じ町にいてもお互いに連絡しなくなってからかなり時間が経った。もう家の中にも家の外にも僕に笑いかけてくれる人はいなかった。

 日が沈んでまだ月が上る前に、河岸には暗闇が降りた。自転車に乗って走るにつれて、川辺の風景も変わっていった。公園でも整備された道が終わると、廃車や廃オートバイ、タイヤみたいなごみで溢れた冷えた場所が出てきた。僕は橋の下の柱に自転車を停めておいて、河岸へ降りていった。川の向こう側では火を起こしてお酒を飲んで、角材を振り回してる子どもたちの連中がいたけど、こっち側には誰もいなかった。こんな滅茶苦茶なところには人は来なかった。僕の元に誰も訪ねて来ないのもそんな理由からなのかな。誰もやって来ないこんな空間で、完璧な暗闇の中に一人でいるこの時間が、僕は楽だった。この時間が永遠に終わらなければいいのに、そう思った。

 

 

誤訳の可能性大です^_^;