mainichiamatouのブログ

超長かったり、超短かったり。

BTS 花様年華 The Notes Y『Love Yourself 轉 'Tear'』より 日本語訳

 

ソクジン

2022年9月30日

 誰ならば、愛が始まった瞬間を覚えていられるのだろう。誰ならば、愛が終わる瞬間を予測できるのだろう。人間にその瞬間たちを認知できる能力が与えられなかったことは、何の意味があってのことなんだろうか。そして僕にそのすべてを巻き戻す能力が与えられたのは、何のためなのだろうか。

 自動車が急停止して、ヘッドライトがきらめいて、ぶつかり、跳ね上がって、落ちた。その騒々しい全ての瞬間を前にして、僕は無防備に立ち尽くしているだけだった。何の音も聞こえず、どんな感覚も感じなかった。夏なのに風が冷たい気がした。道路に沿って何かが転がり落ちている音がした。それから花の香りがした。その時になってやっと、若干の現実感が出てきた。スメラルドの花束が僕の手にこつんと降り落ちた。彼女がそこの道路の真ん中にいた。彼女の髪の毛の隙間に血が滲み出た。赤黒い血が道路に沿って流れた。僕は考えた。時間を巻き戻すことができたなら。

 

2020年7月17日

 学校の玄関を出るとセミの鳴き声がひどかった。運動場は笑って遊んで、競い合ってかけっこをしている子供たちでごった返していた。夏休みの始まり、みんなあるがままに浮足立っていた。その子たちの間を頭を下げながら足を進めた。早く学校を抜け出したかった。

 「ヒョン。」誰かの影がぴょんと飛び出たために、驚いて顔を上げた。ホソクとジミンだった。いつものように大きく屈託のない笑顔を帯びた、茶目っ気ある幼い目で僕を見つめた。「今日から休みなのに、そのまま帰るんですか?」ホソクが腕を引っ張りながら言った。僕は、おお、と意味のないつぶやきをしてからは、ただそっぽを向いた。あの日起きたことは、明らかに事故だった。意図したものじゃなかった。その時刻倉庫の教室にジョングクとユンギがいるとは思いもしなかった。校長は僕が弟たちをかばってやっていると疑った。僕が優等生ではないと父親に言えるとも言った。なんでもいいから話さなければいけなかった。アジトの話をしたのは、誰もいないと思ったからだった。それなのにユンギが退学に追いやられることにまでなってしまった。僕があの日、巻き添えにしたことを知っている人はいなかった。

 「いい休みを過ごしてください、ヒョン!連絡します。」僕が無視したことをどう解釈したのか、ホソクはそっと手を放してことさら明るく挨拶をした。今回も僕は何も答えることができなかった。言えることがなかった。校門を出ると、初めて投稿した日が思い浮かんだ。遅刻してみんな一緒に罰を受けた。だから笑うことができた。その時間たちを僕が壊した。

 

 

ユンギ

2022年6月15日

 頭の中をドンドンと鳴らす音楽の他には何も認知しなかった。どれくらい酒を飲んだのか、ここがどこなのか、何をしていたのか。知りたくも、重要でもなかった。ふらつきながら外へ出ると夜だった。ただ流されて歩いた。通行人か、屋台か、壁か、無造作にぶつかった。どうでもよかった。ただ全部忘れたかった。

 ジミンの声が今でも耳に残ってる。「ヒョン。ジョングクが、」次の記憶では狂ったように病院の階段を上がっている。病院の廊下はおかしな程長く暗かった。患者服を着ている人たちが通って行った。心臓がドキドキと鳴った。人々の顔が皆あまりにも青白かった。表情も無かった。みんな死人みたいだった。頭の中で自分の呼吸の音が荒く揺れた。

 少し開いた病室の扉の向こうにジョングクが横たわっていた。知らないうちに顔をサッと背けた。目を当てることができなかった。その瞬間急に、ピアノの音が、燃え上がる炎が、建物が崩れ落ちる音が聞こえてきた。頭を抱えてしゃがみこんだ。お前のせいだと言った。お前さえいなければと言った。母親の声、いや、自分の声、違う、誰かの声。その声に数えきれない時間苦しんだ。そんなことないと信じたかった。それでもジョングクがあそこに横たわっていた。死人のような顔をした患者たちが行き来する廊下にジョングクが横たわっていた。到底入ることができなかった。確認できなかった。立ち上がると足がふらついた。出て行くのに涙が出た。笑えた。最後に泣いたのがいつなのかも覚えてなかった。

 横断歩道を渡ろうとしたのに、誰かに足を踏まれたせいでパッと振り向いた。誰だ?いや、どうでもよかった。誰であっても同じだった。そばに来るな。行け。頼むからただ放っておいてくれ。俺も傷つけたくない。傷つきたくもない。だからどうか、近寄ってくるな。

 

2019年6月12日

 無計画に学校をサボって出てきたけど、実は行くあてはなかった。陽は暑くて、金は無い、やることも無かった。海へ行こうと言ったのはナムジュンだった。弟のやつらは浮かれているみたいだったが、俺はそれほど乗り気でも、嫌でもなかった。「金はあるのか?」俺の言葉にナムジュンがみんなのポケットをはたかせた。硬貨何枚、紙幣何枚。行けないんだけど。歩いていけばいいじゃんと言ったのは多分テヒョンだった気がする。ナムジュン頼むからちょっとは考えろよという顔をしてみてから、みんな無駄話をして笑いあった、路面に転げまわるふりをして、そんなことをしながら道を歩いた。俺は返事をする気になれなくてただ後ろをついて行った。陽が暑かった。真昼だから街路樹でさえ日陰を作ることができず、歩道の無い道路の上を自動車たちが土ぼこりを飛ばしながら通りすぎて行った。

 「あっちに行こう。」今回もテヒョンが言った。ホソクだったか。どうでもよくてよく見はしなかったけど、二人のうちの一人だった。首を下げて地面を蹴りながら歩いていた俺は、誰かとぶつかって倒れそうになり顔を上げた。ジミンがその場に釘付けにされたように立っていた。何か恐ろしいものを見たような顔で筋肉がブルブルと震えていた。「大丈夫か?」聞いたけど聞こえてないみたいだった。ジミンが見つめている場所には、草花樹木園 2.2kmという表示板がたっていた。

 「歩くのは嫌です。」ジョングクが言った声が聞こえた。ジミンの顔に汗がぽつりぽつりと落ちた。今すぐにでも座り込みそうな顔が呆れた。なんだ?変な気分になった。「パクジミン。」呼んだがやはり微動だにしなかった。顔を上げてもう一度表示板を見つめた。

 「おい、日も暑いのに何の樹木園だよ。海でも行こう。」俺は気乗りしないような口調で言った。草花樹木園がどんなところかは知らないが、行ってはいけない気がした。理由はわからないが、ジミンの目つきがおかしかった。「金が足りないからですよ。」俺の言葉にホソクが答えた。「歩いて行くから。」テヒョンが口添えした。「電車の駅まででも歩いて行けば、それなりになりそうだけど。」ナムジュンが言った。「代わりに夕飯は抜きだな。」ジョングクとテヒョンが泣き声を出して、ジンヒョンが笑った。ジミンが再び動き出したのはみんなが駅へ向かう道へ差し掛かった後だった。俺はまた表示板を見上げた。草花樹木園、五つの文字が徐々に遠ざかって行った。

 

 

ナムジュン

2022年7月13日

 バス停に頭をもたれた。図書館からガソリンスタンドまで。毎日行き来している距離、飽き飽きする程に見慣れた景色が窓の外で過ぎていった。果たしてこの風景から解放される日が来るんだろうか。明日を計画したり、何かを願うことも不可能な気がした。

 そこら辺の前に、黄色いゴム紐で髪を結んだ女性が座っているのが見えた。ため息をついたのか、肩が大きく持ち上がって下がった。それから窓へ頭をもたれた。もう一か月間同じ図書館で勉強をして、同じ停留所でバスに乗った。一言も交わさなかったけど、同じ景色を見て、同じ時間を生きて、同じため息をついた。ズボンのポケットには髪ゴムがまだ入っていた。

 女性は僕より3つ前の停留所で降りた。女性が降りていくのを見るたびに、またチラシを配りに行くんだろうかと考えた。どんな時間を経験しているんだう、どんなことを耐えているんだろう。明日が来ないような、明日同じことは最初からなかったかのような漠然としたものをどれほど沢山感じるんだろう。そんな風に考えた。

 女性が降りなくちゃいけない停留場に近づき始めた。誰かが停車ボタンを押すと、すぐに乗客たちが席から立ちあがった。だけどその真ん中に彼女は加わっていなかった。ただ首を車窓へもたれたままその席に座っていた。眠っているようだった。行って起こそうか。僕は瞬間的に葛藤した。バスが停留場に到着した。女性は相変わらずそのままだった。人々が降りた。ドアが閉まってバスが発車した。

 女性は停留所三つ分の間起きなかった。僕はバスの出口へ近づきながら再び葛藤した。僕が下車すれば、誰も彼女のことを気に留めないのは明らかだった。女性は降りるべきところで寝過ごして、遠いところに着いてから目覚めるだろうし、それによって一日がどれだけさらに疲れる日になるかもわからなかった。

 バス停を離れてガソリンスタンドに向かって歩き始めた。バスはすぐに発車して、僕は振り返らなかった。女性のカバンの上に髪ゴムをのせておいたけど、それだけのことだ。それは始まりではないし、だからといって終わりでもなかった。初めからなんでもなかったし、何かがある理由もなかった。だから本当に何でもないんだと、僕は考えた。

 

2021年12月17日

 始発のバスを待っている人たちが手を揉んだ。僕はカバンの紐をぎゅっと握りしめて地べたを見下ろした。誰が来ても目を合わせないように努力した。一日にバスが二台停車する田舎町。遠くに始発が来ているのが見えた。

 人々が後についてバスへ乗り込んだ。後ろは振り向かなかった。なんだか切ないものがある時、それをかろうじて手に入れた時、もう脱出することだけが残った時こんな条件がついてくるものだ。後ろを振り返る瞬間、今までの努力は水の泡になる。後ろを振り向くこと。それは疑念でもあり、未練でもあり、恐怖でもある。それを忘れてようやく脱出することになる。それよりはあてもなく逃げているのに近かった。母さんの疲れた顔。ほっつき歩いている弟。父さんの病気。日増しに大変になっていく家庭内の事情から。犠牲と平穏を強要する家族たちから、何も知らないふりをして諦め、適応しようと必死に耐え忍ぶ自分から。そして何よりも貧困から。

 貧しいことが罪なのかと聞かれたら、誰でも違うというだろう。だけど本当にそうなんだろうか。貧しさは沢山のことを蝕んでいく。大切だったものたちが、なんでもなくなっていく。諦められないことも、諦めることになる。疑い、恐れ、諦めることになる。

 あと何時間後になれば、バスは見慣れた停留所に着くんだろう。一年前あそこから去って、僕は何の挨拶も残さなかった。それから今なんの知らせも無くあの場所へ帰っている。仲間たちの顔を思い浮かべた。全員と連絡が途切れていた。みんな何をして過ごしているんだろう。窓いっぱいの霜のせいで、屋外の風景は見えなかった。そのうえだんだん指が動いた。

 「生き残らなければいけない。」

 

 

ホソク

2022年7月4日

  応急処置をしている間、廊下に出ていた。夜中だというのに病院の廊下にはかなり多くの人がうろうろしていた。血と汗でびっしょりと濡れた髪の毛から、水気がポトポトと落ちた。頭を打ってから、その子のカバンを落とした。雑多なものがどっと出てきた。コインがころころと転がっていってボールペンやタオルも散らばった。その真ん中に飛行機のeチケットがあった。拾い上げながら目を通した。

 その時医者が僕を呼んだ。軽い脳震盪だからそんなに心配しなくても大丈夫だと言って、少しした後にその子が出てきた。「大丈夫?」その子は頭がちょっと痛いと言いながら、僕からカバンを受け取ろうとした。するとチケットがにゅっと飛び出ているのを見て僕の顔を見つめた。僕はカバンを他方の肩にかけ替えながら、何事もなかったかのように早く行こうと促した。玄関から出ると相変わらず雨が降っていた。扉の前に並んで立った。

 「ホソガ。」その子が呼んだ。言いたいことがある感じだった。「少し待ってて。傘買ってくる。」僕はやみくもに雨の中を駆け抜けた。向こうにコンビニがあった。少し前に、その子が海外ダンスオーディションに応募したのは知っていた。飛行機のチケットを買っているということは、あの子が合格したということだ。あの子の言葉を聞きたくなかった。おめでとうと言える自信がなかった。

 

2010年7月23日

 幻聴のような笑い声が聞こえたのは、数字を四まで数えた時だった。次の瞬間、幼い頃の自分が誰かの手を握ったまますれ違って行った。すぐに振り返ってみたけど、そこには僕を見上げているクラスメイトたちがいるだけだった。「ホソガ。」先生が僕の名前を呼んだ。その時になってやっと自分のいるところがどこか気づいた。数学の時間だった。教科書に書かれた果物を数えている最中だった。五個、六個。もう一度数を数えたけど、一つずつ増えるごとに声が震えて、手に汗が滲んだ。その時の記憶がしきりに思い浮かんだ。

 あの日見た母の顔はよく覚えていない。公園を見物していた僕に、チョコバーを渡してくれたことだけは思い浮かぶ。「ホソガ。今から十まで数えたら、目を開けるんだよ。」数を全部数えた後、目を開けた時母はいなかった。九まで数えたのが最後だった。あと一つだけ数えなくちゃいけないのに、声が出なかった。待って、また待っても、戻ってこなかった。耳鳴りがして、辺りがかすんでぼやけてきた。先生が早く続けろと手で煽った。友人たちが僕を見つめた。母の顔がちゃんと思い出せなかった。本当にあと一つ数えれば、母が絶対に僕を探しに来てくれないような気がした。

 僕はそのまま床に倒れてしまった。

 

 

ジミン

2022年7月4日

 正気を取り戻した時、僕は肌が剥けるくらい腕を洗い流していた。手がガタガタと震えて息が上がってきた。腕に沿って血が流れた。鏡の中の目は血走っていた。少し前の出来事が断片的に浮かび上がってきた。

 瞬間的に集中力が散った。ダンスサークルのヌナと和を合わせて踊っていたけど、導線がもつれてぶつかった。粗い床に転がって腕から血が出た。その瞬間、草花樹木園であった出来事が浮かび上がった。克服したと思っていたことだった。でもそうじゃなかった。逃げなきゃ。洗い流さなくちゃ。鏡の中の自分は相変わらず雨の中を転がるように逃げる八才の小さな子だった。だけどふと思い出した。ヌナも一緒に倒れたのに。

 練習室には誰もいなかった。少し開いた扉の向こうで雨が激しく降っていた。遠くにホソギヒョンが走っているのが見えた。その雨を全部受け止めていた。傘を握り、飛び出した。走った。結局、立ち止まった。

 僕に出来ることは無かった。僕なんかに出来ることなんて、倒れて怪我をして、それでいて自分が怪我したことにびくびく震えながら投げ出すか、遅れて走っていて、立ち止まること、それが全てだった。後ろを向いて歩いた。足を踏み出す度に、雨水が運動靴に撥ねた。車のヘッドライトがビュウッと過ぎて行った。大丈夫ではなかった。いや、大丈夫だった。痛くは無かった。このくらいなら傷でもない。僕は本当に大丈夫だった。

 

2022年5月19日

 結局草花樹木園に行くことになった。そこで起きた出来事を覚えていないという嘘は、もうやめにしようと思った。病院に隠れることも、発作を起こすことも、もう終わりにしようとした。そのためにその場所へ行ったんだ。そんな心持で僕は先日このバス停を見つけた。だけど草花樹木園のシャトルバスには乗れなかった。

 ユンギヒョンが横に来てどかっと座ったのは、今日だけで三台見送ったあとだった。何してるのという質問にヒョンは、することもないし退屈だからそうしてるんだと言った。それからどうして僕はここに座っているのかと聞いた。僕は頭を下げたまま、靴の裏で地べたをトントンと蹴った。自分がどうしてここに座っているのか考えた。勇気がないからだった。平気なふり、わかっているふり、その程度のことは軽く飛び越えられるふりをしたかったけど、実は怖かった。何に突き当たるのか、それに耐えることができるのか、また発作を起こさないか、すべてが怖かった。

 ユンギヒョンはゆったりとして見えた。この世に緊急のことなんて無いみたいに、伸びをしながら天気が良いな、なんてくだらないことを言った。その言葉を聞いてようやく本当に天気が良いことに気が付いた。緊張しすぎたあげく、周囲を見渡す余裕がなかった。空がすごく青かった。たまに暖かい風も吹いた。遠くに草花樹木園のシャトルバスが来ていた。バスが停車して扉が開いた。運転手のおじさんが僕を見つめた。衝動的に聞いた。

 「ヒョン、一緒に行ってくれますか?」

 

 

テヒョン

2022年7月17日

 わき腹が引き裂かれるように痛んだ。汗がぽとぽとと落ちた。レールの片隅、コンビニの裏の空き地、高架線の下、どこにもあの子はいなかった。バス停まで走ってきたけど、やっぱり見えなかった。バスを待っている人たちが僕を変に見つめた。どうなってるんだ?会うために約束をしたわけではなかったけど、おかしかった。あの子はいつもどこかからふいっと現れて、そろそろと後についてきた。面倒だと言っても無駄だった。それなのに、一緒に立ち寄った場所のどこにもあの子はいなかった。

 見慣れた壁にたどり着いて歩みを止めた。一緒に描いたグラフィティーだった。あの子が最初に描こうと言った。その上に巨大なX表示が描かれてあった。あの子だった。見たわけでもないのにわかっていた。どうして?返事は無かった。代わりに壁の上でいくつもの残像が重なった。

 レールに横たわって、頭を打って痛がる僕を見ていた笑った姿。逃げだすのを助けようと、倒れた僕を起き上がらせた姿。パンを奪って食べる僕にカッとして怒った顔。家族写真が掛かった写真館の前を通る時に曇った表情。すれ違う学生たちを見る時に、気づかないうちに追っていた視線。この壁に一緒にスプレーを撒きながら僕は言った。「大変なことがあったら、一人でくよくよしてないで言いな。」Xの表示はその全部の記憶の上に太くあった。その全てのことが偽物だと言っているような気がした。嘘だと言っているみたいだった。知らないうちに拳に力を入れていた。どうして?返事はやっぱりなかった。振り返って歩いた。また一人ぼっちだった。僕も、あの子も。

 

2020年3月20日

 廊下をパタパタと音を立てながら走るとざっと滑った。そして立ち止まった。あそこの「僕たちの教室」の前にナムジュニヒョンが立っているのが見えた。僕たちの教室。誰も知らないけど、僕はそこを僕たちの教室だと呼んでいた。僕とヒョンたちとジョングク、僕たち七人の教室。息を潜めて近寄った。驚かせようと思ったんだ。

 「校長先生!」踏み出して五歩目くらいで少し開いた教室の窓の向こうで緊迫した声が聞こえた。ソクジニヒョンみたいだった。歩みを止めた。今ソクジニヒョンが校長と話してるのか?僕たちの教室で?どうして?それからユンギヒョンと僕の名前が聞こえて、ナムジュニヒョンが驚いたように息を吸い込んだのが見えた。その気配に気づいたのか、ソクジニヒョンが扉をガラッと開けた。ソクジニヒョンの手には携帯が握られていた。顔には驚いて困惑した気配がまざまざとあった。ナムジュニヒョンの表情は見えなかった。僕は隠れてその姿を見守った。ソクジニヒョンが何か弁明したそうに口を開いたけど、ナムジュニヒョンが手をあげて言った。「大丈夫。」ソクジニヒョンがどういう意味だというような表情になった。「ヒョンがそうしたのには理由があるんでしょ。」「その言葉を最後に、ナムジュニヒョンがソクジニヒョンを通り越して教室に入った。」信じることができなかった。ソクジニヒョンが校長にユンギヒョンと僕が過ごしたこの数日間何をしていたのか話した。授業を抜け出して、塀を乗り越えて、あいつらと喧嘩した話を全部言った。それなのにナムジュニヒョンがそれを大丈夫だと言った。

 「ここで何してるんだよ。」びっくりして振り向くとホソギヒョンとジミンだった。ホソギヒョンが自分がもっとびっくりしたふりをして、僕の腕に手を回した。ホソギヒョンに引かれてついうかうかと教室に近づいた。ナムジュニヒョンとソクジニヒョンが言葉を交わせていて、振り向いた。ソクジニヒョンがそそくさと立ち上がって急用ができたからと出て行ってしまった。ナムジュニヒョンの顔色を窺った。ソクジニヒョンの後姿を見ていたヒョンは、何もなかったみたいにみんなを見て笑った。その瞬間ある考えが浮かんだ。ナムジュニヒョンがああなのにも、絶対理由があるはずだ。ナムジュニヒョンは僕よりずっと物知りで、ずっと賢くて、ずっと大人だから。それからここは僕たちの教室だから。僕は、みんなが四角いと言ってからかうバカみたいな笑顔で教室に入った。

 

 

ジョングク

2022年7月26日

 病院の花壇でこっそり花を折った。しきりに笑みが出てしまって下を向いた。真夏の日差しが眩しく砕けた。病室のドアを叩いたけど返事がなかった。もう一度叩いて、少し扉を開けた。病室の中はなぜかひやりとした。そして誰もいなかった。とても静かな暗闇だけが広がっていた。

 病室を後にした。うんざりしてもどかしい気持ちで、車いすをぐるぐると力いっぱい押しながらこの廊下を突っ切っていたら、あの子に出会った。いきなり現れるせいでなんとか立ち止まったけど、髪の毛を一つに結んだ女の子が立っていた。病院を出て少ししたところにベンチが見えた。一緒に音楽を聴いて絵を描いたいつかの記憶が浮かんだ。それからあの屋上でイチゴミルクを分けて飲んだりもした。手には相変わらず野花が握っていたけど、もうあげる人はいなかった。

 

2020年9月30日

 「チョン・ジョングク。お前最近もあそこに行ってるんじゃないよな?」僕は何も答えなかった。運動靴のつま先だけを見ながら立っていた。返事をしないのかと出席簿で頭を叩かれた。それでも口を開かなかった。ヒョンたちと一緒に過ごした教室だったんだ。ヒョンたちについて行って教室を発見したその日以降、行かない日は一日たりとも無かった。多分ヒョンたちも知らないだろう。ヒョンたちは約束があるから、アルバイトが忙しいからと現れない日もあった。ユンギヒョンとジンヒョンは何日も姿を見せなかったりもした。だけど僕は違った。忙しい日なんて無くて、毎日訪れた。一日中誰も来ない日もあった。それでも平気だった。そこにいるというだけで、今日じゃなければ明日、明日じゃなければ明後日になれば、ヒョンたちが来るから大丈夫だった。

 「反抗するうえに悪いことだけ覚えたな。」再びもう一発叩かれた。視線を上げて睨みつけた。また叩かれた。ユンギヒョンが殴られた姿を思い出した。歯を食いしばって耐えた。あの教室に行っていないなんていう嘘はつきたくなった。

 今僕はまたその教室の前に立っていた。扉を開ければヒョンたちがいる気がした。一か所に集まってゲームをやってから、振り返ってなんでこんなに遅いんだよと言うような気がした。ジンヒョンとナムジュニヒョンは本を読んで、テヒョンイヒョンはゲームをして、ユンギヒョンはピアノを弾いて、ホソギヒョンとジミニヒョンはダンスを踊っている気がした。

 だけど扉を開けて見えたのはホソギヒョンだけだった。ヒョンは教室に残っていた僕たちの物を整理していた。僕が取っ手を掴んだままただ立ち尽くした。ヒョンが近づいてきて、肩に腕を回した。それから僕を引いて外に出た。「もう行こう。」背の後ろで教室の扉が閉まった。僕は悟った。あの日々は過ぎ去って、もうここには来ないであろうことを。

 

 

 

ジョングクぅ~~泣
みんな切なくて苦しくて悲しい状況だけど、ことジョングクに関しては心臓が絞られてるみたいに辛くなる…